『神輿の起源は』
飛鳥時代 - 奈良時代の第43代天皇(女帝)の元明天皇在位中に 九州で起こった「隼人の乱」にあるという。 九州南部の大隅・日向に住む隼人族は、大隅国守を殺害して反乱を起こした。朝廷は万葉歌人でも有名な 大伴旅人を征隼人持節大将軍に任命し、1万を超す軍を派兵した。 この時、朝廷は『宇佐八幡宮』に勅使を派遣し、国家鎮護と隼人討伐を祈願した。 八幡神はこの願いに応じ、「われ征きて降し伏すべしとみずから神軍を率いて隼人討伐に赴く」と託宣を下した。 朝廷は豊前国司の宇努首男人(うぬのおびとおひと)に命じ、八幡神の神霊が乗る神輿を作らせた。 『八幡宇佐宮御託宣集』によれば、「豊前国司に仰せつけられ、初めて神輿を作らしむ」とある。 聖武天皇が奈良に東大寺を建て、毘盧舎那仏(奈良の大仏)を建立して国の象徴として建設にあたる時 に、これを助ける為、宇佐八幡神は、屋根に金色の鳳凰が輝く天皇の乗り物(鳳輦:ホウレン)に乗って奈良の都へと 渡御した。 この鳳輦こそが、現在に伝わる神輿の原型である。 *鳳輦とは(屋形の上に金銅の鳳凰(ほうおう)を飾った輿) ◆◇◆ 神輿渡御巡行路(宮出しから宮入り)◆◇◆@ (8:50)大良総代様宅前(9:05)A (9:25)富樫様宅前(9:35)B (9:55)桜通り商店会様(10:10)C (10:30)コカコーラ様(10:45)D (11:00)鳥海様宅前(11:10)
E (11:40)東口商店会神酒所(11:55) |